はじめて挑戦した課題で手応えを感じる瞬間は最高ですが、無理なランジや雑な着地が続くと、思わぬ痛みが積み重なりやすいです。
ボルダリングは「安全に続ける工夫」で楽しさが長持ちします。本稿では、ボルダリング怪我の代表例と原因、予防の具体策、応急手当から復帰判断までを一気通貫で整理します。まずは発生しやすい部位を俯瞰し、次に原因の構造を理解して、技術・身体づくり・環境整備の三方向から対策を組み立てます。
記事の活用イメージとして、登る前のチェックリストと小さな「見直しポイント」を用意しました。今日からできる範囲で試し、体の声に耳を澄ませながら、無理なく強くなっていきましょう。痛みのあるときは休む判断も上達の一部として大切にしてください。
- 登る前に見るミニチェック:ウォームアップ→可動域→拮抗筋の流れになっているか
- その日の上限を決めたか:本気トライは何本までかを明確に
- 降り方の準備:落ち方を数回リハーサルし着地面を確認したか
- 痛みの記録:違和感の部位と動作をメモしておくか
よくある怪我と症状の目安
まずは発生しやすい部位と、初期に現れやすいサインを押さえましょう。次の早見表は、ジムで見聞きする典型パターンを「起こりやすさ」と「初動で避けたい行為」とともに整理したものです。
部位 | 代表的な怪我 | 起こりやすさ | 初動で避けたい行為 |
---|---|---|---|
指 | 腱鞘炎・プーリー損傷 | 高 | 強い握りでの再トライ・無理なキャンパ |
手首 | 腱鞘炎・TFCC損傷 | 中 | 掌屈の深い体勢での連続トライ |
肘 | 内外側上顆炎 | 中 | 痛む方向へのストレッチとぶら下がり |
肩 | インピンジメント・腱板炎 | 中 | 肩をすくめた状態でのランジ反復 |
足首・膝 | 捻挫・膝関節の痛み | 中 | 片足着地・マット端への着地 |
指の腱鞘やプーリー損傷の特徴と見分け方
指は最も酷使される部位です。特に薬指の付け根付近で「パキッ」とした感覚と局所の痛み、腫れ、押すと鋭い痛みが出る場合は、腱を押さえるプーリーへの負担が疑われます。初期は強い握り(フルクリンプ)を避け、触って痛い位置を基準に冷却と安静を優先します。痛みが引かない場合は専門医で画像評価を受けましょう。復帰は段階的に行い、ハーフクリンプでの低強度から再開します。
手首のTFCCや腱鞘炎で起こりやすい痛み
掌を深く曲げて体重を預ける体勢や、ヒールフックでのねじりで手首に集中荷重がかかると、尺側(小指側)の違和感やクリック感が出ることがあります。痛みがあるときは掌屈の深い体勢を避け、手首周囲の前腕筋群を軽くほぐしてから固定性を高めるテーピングを併用します。チョークの使いすぎで皮膚が乾燥すると把持感が落ち、過緊張につながるため、保湿も小さな予防です。
肘の内外側上顆炎と使いすぎのサイン
繰り返しの引きつけや指の保持で、肘の内側(屈筋群)や外側(伸筋群)が炎症を起こすことがあります。握力が必要な細かいカチ課題やキャンパ的動作を続けた後に、ペットボトルを持つだけで痛む、ドアノブを捻ると痛いといった日常動作での違和感が目安です。原因が使いすぎなら、強度よりも頻度と連続日数の見直しが有効です。
肩のインピンジメントや腱板の不調
肩をすくめた状態でのキャッチや、体幹の反りで腕を無理に上げる動作が続くと、肩の前側や上側に詰まり感が出やすくなります。痛みを我慢してランジを繰り返すと悪化しやすいため、まずは肩甲骨の下制・外旋を意識し、可動域エクササイズ(壁スライドやバンデッドエクスターナルローテーション)で関節の「通り」を確保しましょう。
足首の捻挫と膝のトラブルの初期対応
着地の瞬間に片足で踏み抜く、マットの継ぎ目や端に着く、想定外の方向へ跳ねる、といった要因で足首の外側をひねりやすいです。初期はRICEを徹底し、痛みが強い場合は荷重を避けて専門医の評価へ。膝はドロップニーやヒールフックで内側にひねる負担が蓄積しやすいため、可動域と臀筋群の強化で股関節主導のムーブへ改善するとリスクが下がります。
原因から理解する怪我リスクの構造
怪我は偶然ではなく「負荷と回復のバランス」「技術」「環境」の要素が重なって生じます。原因の構造を理解しておくと、同じ失敗の再発を減らせます。
オーバーユースと回復不足が連鎖する仕組み
筋腱組織は微細損傷→修復のサイクルで強くなりますが、修復のための時間と栄養が不足すると、痛みが消えないまま次の負荷が重なります。特に指は血流が乏しく回復が遅い部位です。連続登攀日数は最大でも2〜3日を上限にし、強度の高い日と技術練習の日を分ける「波」を作ると、炎症の慢性化を防ぎやすくなります。
着地と落下動作に潜む危険のパターン
ランジ後の振られ落ちで遠くへ飛ぶ、マット端や壁際へ跳ねる、片足で接地して足首をひねる、座り込みながら手をついて手首を痛める、などは典型例です。降りる前提でムーブを選び、落ちる方向を常に意識すること、両足→しゃがみ→後方へ受け流す流れを反射的に出せるよう練習しましょう。
ランジや悪い保持が指と肩へ与える負荷
小さなカチでのフルクリンプ固定、肩がすくんだままのキャッチ、脇が開いたぶら下がりは、指と肩の両方にピーク荷重を生みます。ハーフクリンプの割合を増やし、オープンハンドも混ぜる、キャッチの直前で肩甲骨を下げる、脇を軽く締めて体幹を使う、といった微調整でピークを分散させましょう。
予防ルーティンを整える
登る前に整えるべきは「体温」「可動域」「筋バランス」です。短い時間でも順序立てるだけで怪我の確率は下がります。
登る前のウォームアップと動的ストレッチ
- 軽い有酸素(ステップやその場ジョグ)を2〜3分
- 前腕・手指のポンピング(開閉)で血流を上げる
- 肩甲骨の下制・外旋の意識づけ(壁スライド)
- 股関節周りの動的ストレッチ(レッグスイング)
- 易しい課題でフォーム確認(足音を消す意識)
静的ストレッチはクールダウンで長めに行い、ウォームアップでは弾みをつけない範囲の動的アプローチを中心にします。
可動域ケアと拮抗筋トレを組み合わせる
- 前腕伸筋群のエクササイズ(ゴムバンドで手の甲側へ引く)
- 肩の外旋・下制を促す軽負荷トレ
- 臀筋群と体幹の活性化(ヒップヒンジ、プランク)
「引く」ばかりでなく「押す」方向や回旋の制御を鍛えると、関節中心位に戻す力が育ち、無理な方向への暴発が減ります。トレは痛みゼロの範囲で軽く、頻度を優先します。
登攀量の管理と休養サイクルの作り方
本気トライは回数制限(例:週2回×各日3〜5本)を設け、残りはフォーム練習とムーブ分解に充てます。連続日を減らし、痛みが出たら即座に強度を落として終了。週単位で「強・中・弱」を作り、弱の週には上半身の可動域と下半身の強化に寄せると、心身のリセットが効きます。
技術で減らす怪我の確率
同じ課題でも、技術の差で身体への負担は大きく変わります。小さな改善を積み重ねて、ピーク荷重を回避しましょう。
フォールの基本と安全な着地動作
着地は両足同時→膝・股関節で吸収→背面へ受け流すの順。手を床へつかない、片足で残さない、マット端に落ちない、を徹底します。ランジ前には着地面の障害物(ボテ・壁際・他のクライマー)を確認し、振られ落ちる場合は着地点が遠くに移ることを予測しておきます。スポッターが入る際は、落下方向を限定し頭部を守ることを最優先に、押す力は最小限に留めます。
ホールドの持ち方と握力配分のコツ
小さなカチではハーフクリンプを基本に、親指のロックを強制しすぎない。スローパーは肩と体幹で荷重を受け、指先だけで耐えない。指4本を均等に使う意識を持ち、特定の指に集中させないことで、プーリーへの一点集中を避けられます。保持の「静かさ」を評価基準にすると、無駄な力みが減ります。
足さばきと体の向きで関節を守る
足音を消す置き方は、全身の脱力と荷重コントロールの指標です。骨盤を壁へ寄せて体を開閉するだけで、肩の詰まりや肘の引っ張りが大きく減ります。ドロップニーは膝を内側へねじる負担があるため、回数や角度をコントロールし、代替としてヒップの外旋で距離を稼ぐ選択肢も持ちましょう。
注意:痛みを「温まれば消える違和感」と見なして続けるのは悪循環です。痛みが動作で増すなら即終了が原則です。
応急手当とセルフケアの実践
早めの初期対応は回復時間を短縮します。道具も最低限で構いません。
RICEの考え方と冷却の使い分け
- Rest:痛む動作をやめ、体重をかけない
- Ice:患部の感覚が鈍る程度に冷却(15分目安)
- Compression:軽い圧迫で腫れを抑える
- Elevation:心臓より高く保つ
冷却は炎症の痛みを和らげる目的で短時間にとどめ、長時間の氷当てで血流を過度に落としすぎないよう注意します。
テーピングの基本手順と固定のポイント
- 皮膚を清潔にし、必要ならテープ下地を塗る
- 指なら関節をまたぐようにアンカーを作る
- 痛みの出る方向へ曲がりすぎないよう制限をかける
- シワや食い込みがないか確認し、循環を妨げない
固定は「痛みの出る角度を避けるガイド」と考え、万能と思わないこと。テープ後も痛みが強い場合は使用を中止して専門家へ相談を。
痛み日誌で復帰可否を判断する
部位・動作・強度・翌日の反応をメモし、3日連続で痛みが悪化しないこと、日常動作で痛みがないこと、低強度で違和感が出ないことを復帰の条件に据えます。「昨日より楽」が2〜3回続くまでは本気トライを控えます。
ジムでできる安全管理
環境を整え、周囲と連携するだけで多くの事故は回避できます。マナーはあなた自身と周囲の安全を守る技術です。
コミュニケーションとスポッティングの要点
- 周囲へ「行きます」「降ります」と声をかける
- スポッターは落下方向を限定し頭部を守る意識で
- 混雑時はランジ系課題の順番と動線を整理する
課題選びと難度調整で無理を避ける
疲労でフォームが崩れたら強度を落とす、カチ連続やランジ連発を避ける、当日の体調と睡眠時間を基に「今日は何を伸ばすか」を決める、など意思決定の基準を持つと怪我は減ります。
用具とチョークの使い方を見直す
シューズのサイズやソールの摩耗は足の置き直し回数に直結し、膝や足首への負担へ跳ね返ります。チョークは付けすぎると逆に保持感を落とすため、ブラッシングで摩擦を整える習慣をつけましょう。
Q&AミニFAQ
Q. 指が軽く痛むが登ってよい?
A. 痛みが動作で増すなら中止。増さない範囲で可動域と拮抗筋に切り替え、翌日の反応で判断。
Q. 温めるべきか冷やすべきか?
A. 急性の腫れや熱感があるうちは短時間冷却、慢性の張りには軽い温熱と血流改善を優先。
Q. どれくらい休めば良い?
A. 目安は「日常動作で痛みゼロ」「低強度で翌日悪化なし」が揃うまで。本気トライはさらに数日待つと安全です。
まとめ
ボルダリング怪我は「部位」「原因」「環境」の三点で整理すると対策が立てやすいです。指・手首・肘・肩・足首と膝に起こりやすい典型パターンを把握し、まずは着地と降り方、保持の仕方、足さばきという技術面の微調整から取り組みましょう。
次に、登る前のウォームアップ→可動域→拮抗筋という短いルーティンを習慣化し、登攀量の上限と休養の波を設けます。痛みが出たらRICEで初期対応し、テーピングは「痛みを出さない角度を守るガイド」として使い、日誌で回復の傾向を確認してから段階復帰を行います。
最後に、ジムでは声かけとスポッティング、課題選び、用具の整備とブラッシングを徹底し、周囲との連携でリスクを最小化します。安全に続けることこそ最短の上達です。今日の一手を丁寧に、明日も楽しく登れる身体を育てていきましょう。